2008年4月10日木曜日

俺の回想録 ≪Part27:旅行記(能登)≫_Reminiscences_Traveling_

今日の話は、私が一人旅_Traveling_に出て4日目に新潟県の佐渡からフェリーに乗って能登半島の先端「珠洲市」に着いたところからお話しをします。
佐渡島と珠洲市をを結ぶフェリーに4時間程揺られ、私は午後5時半頃に珠洲港に着きました。
港は、少し薄暗くなっており、フェリーから降りたのは30人程でした。
旅行客は、私を含めて6~7人程で、その他は仕事関係の人達でした。
フェリーが着いた岸壁には、20人程の人達が迎えに出ていて、その中の1人が手に旗を持って私に近づいて来たのです。
そして、私に「今夜の宿泊場所はお決まりですか?」と言って来たのです。
私は、フェリーを降りたらバスで金沢へ向かって進む予定でいたので、「これから金沢へ行きたいので、バス停はどちらですか?」と聞いたら、その人は「今日は、もうバスは無いですよ。今夜は、うちの宿に泊まって、明日の朝1番の定期観光バスに乗って行くと良いですよ」と、旅館の番頭さん風の人に言われました。
私は、その旅館に泊まる事に決め、番頭さんに案内されて港に近い旅館に入ったのです。
私は、安い部屋を希望したので通された部屋は2階の6帖間で、コタツが中央に置いてあるだけのテレビも無い部屋でした。
部屋に入って、しばらくすると先ほどの番頭さんがお茶を運んで来てくれて「食事の前に、お風呂をどうぞ」とすすめてくれました。
私が、風呂から部屋に戻ると、直ぐに番頭さんが食事を運んでくれて「貴方には、ほかのお客とは別で、特別に松茸御飯を持って来たから食べてヨ」と言いながら給仕をしていると、階下から女性の声で「あんた、何してんのよ~」と呼ぶ声がしたのです。
番頭さんは、「この松茸御飯は、女母には内緒だよ」と言って部屋を出て行きました。
私は、その時初めて「あの人は、番頭さんでは無く旅館のご主人なんだ」と知ったのです。
番頭さんみたいなご主人は、少し女性言葉のような喋り口で、気弱な、人の良さそうな人でした。
食事も終わって、私が1人で部屋にいると、ご主人が「テレビが無くて悪いね。若い貴方には、こっちの方が良いかも知れない。」と言って、沢山のポルノ雑誌を持って来たのです。
ご主人は、話の好きな人で色々な地元の話しをしてくれて、私が寝る時間まで私の部屋にいたのです。
次の朝、ご主人が私のバッグを持って、旅館から歩いて5分ほどの所にある「定期観光バス」の停留場まで案内してくれました。
そして、切符まで購入して私にくれたのです。
別れ際に「学校卒業したら、今度はお金を沢山持って、もう一度遊びに来なさいよ、夜の面白い所に案内してあげるから」と言って、バスが出発してもずっと手を振って見送ってくれました。
私は、「いつか、もう1度珠洲に遊びに来よう」と、その時は思ったのですが、私は太平洋側に住んでいるので、あれから再び珠洲を訪ねる事はありませんでした。
私が乗った定期観光バスは、能登半島の外海に沿って走りました。
バスの乗客の中には、観光客以外に大きな荷物を背負って行商に行く地元のお婆さん達もいました。
この、お婆さん達の方言による会話は、何を喋っているのか私には理解できませんでした。
バスは、観光場所_sightseeing spot_を観ながら輪島・金沢方面へ向かって進んで行きました。
私は、途中の「巌門」と言う観光場所で、私と同じ観光していた秋田の女性2人組みと知り会ったのです。
今日のお話しは、ココまでとします。
この続きは、次回のブログ、Part28: 旅行記(旅の友)_traveling_ としてお話しします。

1 件のコメント:

sweet melancholy さんのコメント...

thanks for the offer bro.
btw, i've linked u up.
kindly link me too. God Bless.