2008年5月8日木曜日

日々の暮し ≪Part3:珍しい大会≫_Daily living_Unusual event_

今日は、静岡県内のニュースで私が注目した記事を紹介します。
☆最初の記事は、「ロボカップジャパンオープン:サッカー」_Robot_Soccer_です。

静岡県の東部にある沼津市では、ロボカップジャパンオープン:サッカー、_Robot Cup_Soccer_が開かれました。
人間顔負けのロボットによる競技大会「ロボカップジャパンオープン」が3日、沼津市大手町のキラメッセ沼津で始まったのです。9回目で初の県内開催となる今大会では、ジュニア部門も含め、国内外から209チーム、742人が参加して、自律型ロボットによるサッカー対戦や災害時の人命救助を想定したレスキュー競技などで、熱戦を繰り広げたのです。
ロボカップ_Robot Cup_は人間のサッカー _Soccer_世界一チームに勝つことを目的に、各国の研究者が97年に始めた大会です。
この日に行われたサッカー_Soccer_の中型ロボットリーグでは、高さ80センチ、カメラやパソコンを内蔵した四角すい型のロボット_Robot_が1チーム5~6台で、人の手を借りずに自分で判断してボールを奪い合いました。シュートの跳ね返りを計算して位置取りするなど、人間顔負けのロボット_Robot_のプレーに、沼津市大手町の小学生などは「自分たちがやるサッカー_Soccer_みたい」と目を輝かせていました。
4日目からは県内の小中高生10チーム19人が参加するジュニア部門も沼津市民体育館で行われたのです。
大会は5日まで行われました。

☆次の記事は「浜松まつり:大だこ大空に舞う たこ揚げ大会_kite-flier_event_」です。

静岡県の西部にある浜松市では、勇壮なたこ揚げ合戦と豪華な御殿屋台で有名な「浜松まつり」が3・4.5日の3日間、同市内で行われました。
たこ揚げ_kite-flier_には過去最多タイの172町、御殿屋台引き回しには過去最多の110町が参加して、5日までの期間中、約150万人の人出で賑わいました。
たこ揚げ会場_kite-flier_event_の中田島砂丘では、晴天に恵まれたが風がほとんどなく、各町とも苦戦の滑り出しに巧みなたこ糸さばきを駆使して、開会宣言から約3時間後の午後2時過ぎに、やっと色とりどりの大だこが青空に舞ました。
また、今年は日本からブラジルへの移民_Brazilian emigrant_100周年を記念した大だこも登場して「日本ブラジル交流年」のロゴマークなどが描かれた大だこを、法被と地下足袋姿の浜松市の職員やブラジル人住民_Brazilian_らの約90人が舞い揚げたのです。
日伯移民100周年記念事業浜松実行委員長の石川エツオさん(46)は「100年という記念のたこが揚がるかドキドキしたが、みんなと揚げられて良かった。今度は次の100年を切り開いていきたい」と笑顔で話していました。
午後5時からは、市中心街の鍛冶町通りで記念のサンバパレード_samba parade_も開かれて、約250人の地元サンバ隊が練り歩き、祭りを盛り上げたのです。
今日のお話しは、ココまでにします。
また、次回のお話しで会いましょう。

2008年5月5日月曜日

日々の暮し ≪Part 2:最悪の1日≫_Daily_living_Worst 1st_




私の娘は、今年の4月から私達が住む静岡から130km離れた神奈川にある大学_university_に入学して下宿生活_rooming house life_をしています。
娘から「下宿生活も慣れて、入学時に運んだ荷物で不要な物を家に運びたい」と連絡を受けたので5月2日のゴールデンウイーク連休の前日ですが、私は妻と一緒に車で娘を迎えに行きました。
家を朝の7時30分頃に出発して高速道路_highway_と一般道路_general road_を走って行ったのですが、高速道路_highway_のサービスエリヤ_service area_で最初の事故が起きたのです。
私は、サービスエリヤの駐車場に車を止めようとしたのですが、満車だったので駐車場内で空くのを待っていました。
そして、私の車の直ぐ後ろの右側スペースが空いたので、車をバックで入れようとした時、私の車の左後方に2m程離れて止っていた車の存在を見落としてしまい接触_car accident_したのです。
そして、双方の車のバンパーに傷が付き塗料が少し剥がれました。
相手の方と事故処理について話し合った後、私達夫婦は、娘の所へ向かいました。
途中、高速道路_highway_から一般道路_general road_へ入った頃に、それまで曇っていた空から小雨が降り出したのです。
そして、娘のアパートに正午頃に着いたのですが、娘は大学_university_から帰るのが16時30分頃と分かっていたので、私と妻は時間潰しに川崎の街に昔からある川崎大師というお寺へお参りしようと、初めての道を地図を頼りに行きました。
お寺では、サービスエリヤで車の接触事故を起こしてしまったので、帰路は安全に無事帰宅できるようにお祈りしました。
そして、私と妻はそれぞれ”おみくじ”を引いたのですが、結果は二人共同じ”凶”という悪い占い結果だったのです。
私達は、気を取り直して娘のアパートへ向かって帰りましたが、途中の道で迷い”進入禁止”の道路に入ってしまい、警察官に止められ交通違反_traffic violation_の注意と6,000円の罰金支払いの切符を切られたのです。
私にとっては、今日2度目の”悪い出来事”が重なり、気分が最悪になりました。
私と妻が、娘が待つアパートに着いたのは19時頃になってしまい、周囲は暗くなり、雨は本降りの状態でした。
娘と荷物を乗せて、私達家族は静岡への帰路についたのですが途中のコンビニに寄った時でした、車のボンネット前方から水蒸気が吹き上がったのです。
私は、雨がエンジンの熱で蒸気になったと軽く考えて、車から降りて買い物を済ませて再び走り出したのです。
すると、500m程走った所で車の水温計が最高の位置に上がってしまい、再びボンネットから水蒸気が吹き上がったのです。
私は、直ぐに車を路肩に止めて雨降りの中でボンネット開けると、ラジエーターから蒸気が勢いよく出ていて、エンジンの冷却水は殆ど無くなりオーバーヒートの状態だったのです。
私は、日本自動車連盟 (JAF)の会員でしたので、直ぐにJAFに連絡をして救援を求めたのです。
40分程過ぎてJAFの人が到着して故障箇所を修理して頂きました。
私は、JAFの人から「故障の原因は、エンジンとラジエーターを結び冷却水を送る管がラジエーターから外れて、冷却水が殆ど流れ出てしまったから」と聞いて驚きました。
そして、JAFの人から「今日の修理は、応急処置の状態だから高速道路_highway_は避けて一般道路_general road_を水温計に注意しながら帰ってください」と言われたので130kmの道のりを3時間以上かけて静岡の自宅に戻ったのです。
以上のように、1日の間に「1.車の接触事故」_car accident_、「2.交通違反で罰金」_traffic violation_、「3.車の故障」_car trouble_ 、「4.天候の悪化」_weather aggravation _と、私にとって悪い事が4つも重なり、今まで経験した事の無い最悪の日_Worst 1st_となりました。
この日は、カレンダーによると「大安吉日」で良い日のはずが、お寺で私達夫婦が引いた”おみくじ”の占い結果の”凶”の日となったのです。
私は、この日の事は一生忘れる事は無いでしょう。
皆さんも自動車の運転_car driving_ には注意してください。
今日のお話しは、ココまでにします。
また、次回のお話しで会いましょう。

2008年5月1日木曜日

日々の暮し ≪Part 1:感動のテレビ番組≫_Daily_living_TVprogram_impression_

今日から、このブログで”日々の暮し”と題して、日常の生活において私が見た事、知った事、感動した事、怒った事などを報告します。
それでは、今日は感動したお話しをします。_story_impression_
私は、今日もいつものようにテレビを見ながら昼食をしました。
そして、その時放送されていた番組_TV program_のゲストの話しに、私は感動_impression_したのです。
その番組_TV program_は、司会者とゲスト3人によるトークショーで、ゲストの1人が男優のT・Kさんでした。
番組_TVprogram_の内容は、司会者が各ゲストにそれぞれ異なるテーマをぶつけて、ゲストがそのテーマに沿った話をするのです。
司会者が、彼に与えたテーマは「気になる数字」でした。
彼は、気になる数字は「41」と言い、テーマに沿って話した内容は、次のような事でした。
男優の彼は、四国の高知県土佐町の出身で、幼い頃から母1人子1人の家庭で育ち、彼の母親は41歳で亡くなったそうです。
彼は、母親が亡くなった時、またその後も涙を流したことが無かったそうです。
彼が育った田舎では”男は涙を見せない者、泣かない者”と言った言葉があり、そんな風土の土地で育ったので泣かなかったと言ってました。
また、母親が亡くなり18歳で1人ぼっちになった彼は、今日までガムシャラに頑張って生きて来たのです。
今年、彼は43歳になったそうです。また、彼の奥さんは41歳で彼の亡くなった母親と同じ年齢になったとの事です。
彼は、最近起きた事として「ある日、妻と並んでテレビを見ながら寛いでいた時、ふと妻を見たら涙が流れて泣いてしまった」と言ったのです。
司会者は、「その時、奥様は何か言いましたか?」と質問したら、「彼女は、黙っていました・・・」と答えました。
また、彼は「今まで、母親は自分より遥かに年上の人と思って生きて来て、自分の横にいる妻が亡くなった母親と同じ年齢なのに”若く、美しい”と思ったら、何故か?自然に涙が出て来てしまった」と言いました。
その話しが終わると、少しの間沈黙が流れました。そして、この話しを聞いていた他のゲストの中には目を潤ませた人もいました。
男優の彼は、そんなに多くは語らなかったのですが、私は妻を見て涙を流した彼の気持ちが解り過ぎる位に理解できました。
彼は、自分の妻の年齢を知り、妻と母親が重なって見えたのでしょう。そして、母親が若くしてこの世を去った事に初めて気付き、たった一人の息子を残してこの世を去る無念さ、別れの悲しみ、心残り等の母親の気持ちを理解したのでしょう。
私は、この話を聞き終えた時「もし、私が彼の境遇に育っていたら、きっと彼と同じ様に涙したであろう」と思い、胸が熱く切ない気持ちになりました。
最近では、テレビ番組_TV program_で感動させられる事は殆ど無かったのですが、私はこの短い話には大いに感動しました。
彼は、話しの最後に「その日を境に、以後テレビドラマ_TV drama_などを見ると直ぐに涙が出て泣き虫になってしまった」と言ってました。
これは余談ですが、私は男性が泣くのは難しいと思うのです。泣き過ぎると”女々しい男”と言われ、泣かないでいると”冷たい男”だと悪く言われそうに思うのです。
それに比べて、女性は泣き過ぎても”なんと優しい女性だ”と言われ、泣かなくても”泣きたくても我慢している女性”と良く言われるのです。女性の涙は、得ですね。
この様に思うのは、私だけでしょうか?
皆さんはどう思いますか?
今日のお話しは、ココまでにします。次回もよろしくお願いします。